蕎麦屋へ足を運び候。
と、言いたいところであったが、思い立ってその店へ行ってしまったため、
運悪くその店の休業日に足を運んだ次第である。
駅から割と離れた場所にあるだけに、このまますごすごと来た道を戻るのは
自分の無精で無計画な性格を悔いる歩きとなることは間違いないだけに、
隣駅まで歩く決意をし、来た道を戻ることなく前進した。
すると隣駅どころか数十メートル先の並びに、店構えの古びた旨そうな蕎麦屋が
看板に光を灯している。
ショーケースだけ見ると街の店屋物屋の雰囲気があって、
はずれの可能性もあるのだが、新蕎麦打ちはじめの告知の張り紙が、
そういった店ではないことを物語っているように感じたので、
これも縁だと思って入ることにした。

店の中はいかにもなお品書きがずらっと並んでおり、
手書きの張り紙の中から、手打ちの鴨せいろ蕎麦を発見。
鴨南蛮もあるとのことだったのだが、はじめての店と言うこともあり、
冷たい蕎麦も試してみたい欲張りな蚯蚓は、鴨の付け汁に加えて、
ふつうのそばつゆも出していただくようお願いし、それを発注。
また、自家製にしんもあるということで、単品で発注。
程なくして鴨せいろが出てきた。

蕎麦は外見、普通の細蕎麦よりも太めというか、平たい蕎麦である。
昆布と鰹のベーシックなめんつゆで、つるりと頂くと固めの湯で加減によって残る
芯の部分のわずかな粉の心地がそば粉の風味の良さを感じさせることに重要な
役割を果たしていて、ワサビがつまらないながらも、蕎麦自体はなかなか。
ごろっとした鴨肉がふんだんに入った麺の汁は、
この平たい蕎麦にしっかりと鴨の風味が乗って、旨い。
また、葱を焼いたような風味が汁と相まって、まるで正月の雑煮に焼き餅を
入れたような芳ばしい香りがして夢中になって蕎麦をすすってしまい、
結構量があるのではと思った2段のざるそばを瞬く間に平らげてしまった。
またごろっとした合鴨肉も、よくある仕事の悪い煮すぎた堅い鴨とは異なり、
心地よい食感で頂ける。

それに後れをとってにしんが運ばれてきたのだが、
甘じょっぱく煮付けられたこのにしんが、特筆すべき美味しさを放っていた。
甘味がありながら、巧く表現できないが、
昆布の旨味やにしんの脂が生玉子の黄身のまったりとした
濃厚さのようなものをその魚の身の表面に
風味としてまとわせる役割を果たしているようで、
そこに唐辛子の冷たい風味の部分だけが、
後にほのかに効いて口が甘味や旨味でだるくならない一品。
蚯蚓は鴨なんばんにこのところご執心で、色々な店を彷徨っていたが、
一気ににしん蕎麦に心移りしてしまいそうなほどに久しぶりに旨いにしんを頂いた。
次回は暖かいにしん蕎麦を食べに、この店を訪れたいところである。