駅から線路に沿った車道を渡り、ひと川渡ると山間を流れる大きな川に沿って、
舗装されていない細い山道がある。
長門峡とはここをひたすら川沿いに行って来た道を帰る往復約10キロほどの渓谷である。

山口から日帰りできる場所というと秋吉台が有名であるが、
このゴールデンウィーク期間中はおそらく人でごった返しているはずで、
それでは折角の雄大な自然をゆったりと堪能できないと云う事で、天邪鬼な蚯蚓は
敢えてこの地を歩く事を選んだ次第である。
早速歩き始め、最初は雄大な川の流れを見て楽しみ、
植物の写真をしゃがんで撮影するなど、己の思い描く自然とのふれあいを
堪能していたが、道の中途辺りを過ぎた頃には、地面とのにらみ合い、
もしくは小さな下り坂が見えると喜び、曲がりくねって先の上り道にがっかりしたりと、
一喜一憂し、いつの間にか自然との闘いが己の根性との闘いに変わってしまっていた。
1時間以上歩いて、ようやく終点の折り返し地点にたどり着いた。
しかしそこにはバスやタクシーといった車を拾えるような雰囲気は皆無である。
とにかく老体にムチを打ち、歩いた都会の蚯蚓は川沿いの茶屋で
食事休憩を取ることにした。
この川では恐らく取れていない鮎が生け簀で悠々と泳いでいる。
この類の茶屋で失敗して美味しくもないのに
妙に高い鮎を食べた経験のある蚯蚓としては、不信感全開で入店。
しかし広い座敷に並べられた机を適当に選んで胡坐座りし、窓に目をやると
空は快晴、崖には新緑の木々、真下は川といった絶景が目に飛び込んできた。
ビールで喉を潤し、しゃきっとしたところで、料理を発注。
空腹も手伝って、塩焼きの鮎定食以外に味噌焼きの鮎、鹿刺しなど多目の発注である。
程なくして定食が来た。

写真右上の角の皿が「せごし」で、山口の醤油で輪切りにされた生の鮎刺しを頂く料理。
実に鮎の独特なよくいう「きゅうり臭さ」を上手く醤油が持ち上げて、
独特でありながら美味しい珍味となる。
また、食感が軟骨のような、身の引き締まった白身のような
ぷりっとした中にこりっというような軽い絶妙な歯ざわりが合って非常に良い。

塩焼きも炭火で焼いているようで、塩梅良く香りも中々で美味しくいただけた。
みそ焼きも山椒味噌になっており、焼き魚の香ばしさと白味噌の甘味が来て
それでいて口爽やかに頂ける。
また小鉢に鮎の甘露煮が入っていたり、更にサービスで稚鮎のフライも出てきて
生け簀で飼育された養殖鮎ではあるものの調理のお陰で心地よく食事を堪能できた。

鹿刺しは残念ながら地場のものでもなく、冷凍であったが、
またもや山口県マジックの美味しいポン酢の効果で、それなりにいただけた。

この茶屋のお陰で憔悴しきった蚯蚓の心にも朝方ほどではないが、
勢いが戻ってきた。
しかしこの老体に行きと同じ体力が残っていない事をやや明朗になった頭で計算し、
決断した蚯蚓は茶屋にタクシーを呼んでもらい、長門峡歩きは片道での挫折と相成った。
また長門峡の駅に戻ればよいのに出来心で隣駅で降ろしてもらうことにした。
この駅がまたまわりに全く何もない駅で、1時間の待ちぼうけにはなかなか辛抱がいった。
このような贅沢な時間の使い方も旅の一興と思ってかえるの鳴き声を聞きつつ、
人っ気のない田舎の風景を堪能した一日であった。