そこは鳥鍋しかない店である。
以前記事にした森下の馬鍋と同様に、鳥鍋およびそれに付随するもの、
〆の飯、漬物、酒類のみである。
日本家屋の心地よい間口から一歩中に入ると、
仲居さんが人数を確認し、奥へと通される。
今回、蚯蚓は2階の大きな座敷部屋へと案内された。
連れと二人で来たが、大きな座敷で、
隣の人との空間を分けるためのつい立など一切無い。
大きな座敷、広がる廊下、昔の引き戸風の木枠の窓。
欄間も簡素であるが、その景色、客、全てがあって初めて、
この空間が心地よいものとなる。
つまり、無関係な客の話し声も心地よいのである。
最初の瓶ビールを発注するやいなや、
既に頃合の熱を発する炭火の七輪に鉄鍋が置かれる。
ここからは仲居さんが手際よく、持ってきた鶏肉などを
鍋に並べ、じゅわっとタレをかけて、去ってゆく。
この作業を眺めつつ、山椒の利いた鮪の佃煮でビールをあおる。

さて、喉も潤った頃に早速鳥肉が白っ茶けてきて、
たまらずまずは卵にからめて一口。
老舗ならではのタレの甘辛さと、地鳥とは異なる鶏の優しい
でも甘味のある肉質が感じられる美味しさを
七輪の炭の香りと共に噛みしめ、そこでビールを一口。
ここからは順に葱やら白滝やら焼き豆腐を楽しみ、
次いで、つくねを仲居さんが入れて出来上がった頃に、
また箸を伸ばすといった具合に調子よくどんどん
ビール、鍋、ビール、鍋と、食指が進む。
このつくねが絶品で、最近多いふんわりとして、
柔らかいものとは一線を画した、鶏をミンチにした
噛めばかむほど旨味の出てくるむっちりとした肉からなる
団子で、一度ほおばるとはらりと崩れながらも
噛み終えるまでの時間が長く、心地よい。
ハツもまた然りでともかく噛むほどに旨い。

最後は親子丼ということで、少し残した赤身を
鍋に入れて、一通り火の入ったところで、
ざっと卵を流し入れ、おひつに入った飯をよそい、
好きなようにかけて召し上がれと言って、去っていく。
この頃になると大分腹が膨れているのだが、
この見た目の旨さと確かに美味しいどんぶりに、
予定以上に飯を頂いてしまう始末。
個室の飲み屋が増えている昨今、天邪鬼な蚯蚓としては
このような店に好んで入りたいところである。
人は他人にさらされ、店の人のしゃんとした姿、
そして端正な部屋の造りを前にして、
誰もがそそと心地よい一杯に興じない事は無いからである。
今度来る際も気の置けない連中と共に実直な鍋に向かい、
その空気の心地よさを供したいと感じた今日この頃である。
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