雑誌「おとなの週末」に連載されている山本益博のコラムを
愛読している蚯蚓であるが、
先月、そのコラムでこの店のシェフが引退するという情報を得て、
慌てて予約をした次第である。
1階のクロークで名を告げるとサービスマンの案内で、
螺旋階段を上って2階の部屋へ通される。
フロアは既に満席で、席間も近い割にサービスマンの数は多いので、
非常に人っ気が多く感じる。
カルトのメニューも頂いたが、あまりに目移りして決められなかったため、
コースを発注。
シャンパンを頂きほっと一息ついた頃に、早速アミューズが出た。
バフンウニの殻を半分に切ったものを皿にして、ウニの薄オレンジ色のムースと
ホワイトアスパラガス様の野菜の風味が美味しいムースが2段に重ねられて出された。
小さなスプーンですくって頂くと、かなり濃厚なウニの風味と野菜の旨味がぐっときて、
これだけでボトル半分を飲めてしまいそうな心地になる。
次に暖かいフォアグラの皿が出されたが、
サマートリュフのスライスがナッツのような香ばしさを
放っており、香り高いフォアグラと実に良く合う。
また、まわりの白い泡仕立てになったソースや
マデラ様のソースのふんわりとした食感をまとって、
フォアグラが口の中でとろけ、ほどけてゆき、たまらない心地になる。
パンもベーシックなバター風味のフランスパンからそば粉を混ぜたもの、
イチジクを入れたものなど5、6種類から選ぶが、どれも皮のしっかりしたもので、
ソースをさらうのに適した素朴でおいしいものである。
赤座海老のカネロニは平たいパスタをカネロニ状になるように
海老の身のまわりに這わせたもので、
見た目に説明しがたいが、食感が非常に楽しい一品。
ワインも進んで、心地よくなった勢いを借りて、
記念に撮影した和牛フィレ肉のポワレはフィレ肉の脂が入りつつも、
その脂の旨さのみならず、
赤身肉の肉の旨さがバランス良く来る肉の質の高さが皿の中で際立つ一品で、
大降りに切って頬張っていただくと、うるさくない葱風味の甘みのあるソースと
肉汁がたまらなく相まって美味しい。

その他ワゴンで運ばれてくるチーズ類はオレンジの色が実にきれいなミモザや
山羊のものなど頂き、その頃には濃いめのカルバトスに酒を切り替え、
日常のことなどすっかり忘れてしまった心地になる。
料理の全体的な印象は、
味わいは古典的ともいえるベーシックなフランス料理でありながら、
食感は実にバラエティーに富んでいるといったところである。
引退のうわさを聞きつけて足を運んだ一見客にも嫌な顔一つせず、
テーブル席まで挨拶に来てくれる
シェフと握手を交わしたが、肉厚なぷっくりとした幸せそうな手の平とは逆に、
その甲は油がはねて火傷したような跡が目立つ職人の手で、非常に感慨深かった。
正直庶民の蚯蚓としては、このクラッシックなフランス料理だけでは
値段の割に満たされたとは言い難い。
しかしこの店にはグランメゾンという一見かしこまりそうな場所でも気さくで心地よい、
きめ細やかな給仕を行うサービスマンがおり、そこに一流の余裕がうかがえた。
新しいシェフも楽しみであるが、その皿のみならずその一流のサービスも含めてはじめて、
値段のハードルを越えて、足を運ぼうかと思える店であった。