一杯引っ掛け候。
赤提灯にときめく一杯飲みや好きであれば、
必ずといって良いほど持っているであろう自分だけの
「とっておきの店」。
蚯蚓のとっておきの一つに最近なっているのがこの店である。
薬研堀(やげんぼり)不動尊近くの中学校横にぽつんと一軒、
一杯飲み屋がある。
人形町と小伝馬町の間にある”半屋台”のおでんやの人の話を頼りに
行ってみた店である。
腰は曲がっていないもののおばあさんと呼ぶにふさわしい年回りの
テレビ好きおかんが二人。
一人は口の良くまわる接客上手のおかん。
もう一人は無口だけど背中で話が聞けてよく働くおかん。
このコンビは二人で一人の理想の飲み屋のおかあさんである。
接客上手の方のおかんは、人と店に来るとなんだか、申し訳ない気持ちになるくらい
よく話すのだがついつい聞いてしまう。
そんな店にもう暖簾をしまえば店じまいの7割も終えたという頃に、
店の戸をあけてしまった。
「終いですよね、、、。」と声を掛けたが、
「ちょっとでいいなら。食べるの?お腹すいてる?」
その一言は乾いた心の日だからこそここで一杯ひっかけて帰りたい
蚯蚓の緊張をほぐす。
「申し訳ない」と言いつつ何を頼むか悩んでいるところで、
「どんなのがいい?」とすかさず聞いてくれる。
すぐ出来るであろうポテトサラダとレモンサワーを発注。
山盛りが嬉しいし、何より旨い。
この店は”大皿料理”とか”おふくろの味”といった今や聞き慣れたフレーズが
店の美味しさを象徴する言葉となる前から、
否、そんな言葉とは無縁に、そして自然に”おふくろのつまみ”を出す店である。
そのため、ポテトサラダ以外のつまみも無論美味しい。
外は寒いので後は煮物を発注。
この店のサワーは下町の居酒屋が良く出すどちらかというと、
悪酔いしかねない類の酒だ。
値段から察するに、煮物に使っている野菜や鶏肉もそんなに上質なものでは
ないはずだ。
なのに、この店の出す酒も肴もやさしく、そして素材の味が活きていて旨い。
おかんにきくと「築地で毎日買ってるの・・・」とはじまって、
それで一杯飲める。
精神論のまやかしに酔ったりするのを嫌う天邪鬼な蚯蚓でさえ、
心からほぐされて飲める店なのだ。
この店は、老舗一杯飲み屋を”店の味”として売り出すこともある
今日の居酒屋事情とは一線を隔した純粋な一杯飲み屋である。